大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)9806号 判決
第五 争点に対する判断
一 争点(1) (侵害の成否)についての判断
1 「取出し開口」ないし「開口」について
(一) 本件発明のクレームにおいて「取出し開口」と「開口」は、ともに12という同一箇所を指示する用語として用いられており(前記特許請求の範囲の記載参照)、両者は同義であると解される。そして、右の「取出し開口」ないし「開口」という言葉が海苔等のシート状物の「取出し」を行う場所ないし空間としての「開口」を指す言葉として用いられていることは、右のクレームの記載自体から明らかである。
しかるところ、一般的に場所ないし空間をいうときの「開口」とは、「人、空気、光線などを通すための入り口や窓」を意味する用語であると考えられるが(現代国語辞典・三省堂)、本件発明では、右のとおりシート状物の「取出し」を行う場所ないし空間を指す言葉として用いられていると認められる。
(二) そこで、以下、右の「取出し」の意義について検討する。
(1) まず、本件発明は、従来、破れ易く加工機へ自動供給することが困難なため、作業者が一枚宛手作業によつて積層から取出して供給する方法が採られていた味付け海苔等の加工作業において、海苔等のシート状物の積層から一枚宛取出す装置に関するものである(本件公報第一欄二九行目―三六行目)。
(2) そして、本件発明についての次のような記載すなわち、本件発明は、積層最下部のシート状物を吸着して両端を下方に曲げ、二枚との間に間隙を形成することによつて、二枚目以上は間隙中に受爪を挿入して支え、最下部のシート状物を下方に取出すことにより、………破れ易いシート状物の自動供給を可能と………するものである(同第一欄三七行目―第二欄六行目)との記載や本件発明の実施例についてのシート状物は、吸引筐が最下層のシート状物を吸着し、両受爪が吸引筐2の下降開始と同時に1/4回転して支持枠11下開口へ上昇して臨出し、積層下面を支持する(同第三欄三一行目―三三行目)との記載に照らすと、本件発明においては、吸引筐と受爪の作動によつて積層シート状物から、最下層のシート状物を分離することをもつて、取出しとしているものと解することができる。そして、以上にみてきた本件公報の記載からすれば、積層シート状物から最下層のシート状物一枚だけを破れないように分離することが本件発明の最も重要なポイントであると考えられ、右分離後の移動過程までを取出し過程に含めて考えなければならない必然的な理由はないと思われる。右分離をもつて取出しと解することは十分に可能である。
(3) そして、右分離位置とは、右公報の記載から明らかなように、積層シート状物が最下降する位置、換言すれば、吸引筐が昇降動作をした状態において受爪が積層シート状物を支持する積層シート状物の最下端の位置に相当するといえるから、右位置をもつて、本件発明にいう「取出し」位置と解するのが相当である。
(三) 以上によれば、本件発明の構成要件にいう「取出し開口」ないし「開口」とは、右の「取出し」位置すなわち右にいう高さ位置に相当する箇所を指すものと解するのが相当である。
なお、本件公報中の詳細な説明中に、「開口12を上板中央に具え」(第二欄一五行目)との記載や「機台開口12」(一例として同欄二四行目)との記載があるが、これらはいずれも本件発明を具体化したときの実施例についての説明であり、「開口」の高さ位置というよりも、上板と「開口」との、あるいは機台と「開口」との平面的な位置関係を示したものとも解することができ、右「開口」の解釈と矛盾するものではない。
(四) 被告らは、積層シート状物から最下層のシート状物を吸着し、受爪より他のシート状物から下方に分離する動作状態は、シート状物が分離された状態に過ぎず、取り出された状態ではない。シート状物の「取出し」とは、分離されたシート状物が吸引筐の下降により支持枠下端より下の位置まで移動して、送出し装置へ移送可能となつた時点で取出されたと解すべきである旨主張するが、本件発明の前記目的及び作用効果からすれば、必ずしもそのように解しなければならないものではなく、前示のとおり解するのが相当である。
2 「支持枠」について
本件発明のクレームの記載によれば、「取出し開口」ないし「開口」は支持枠11の下端に設けられるものであることも明らかである。そこで、以下、右「支持枠」の意義について検討する。
(一) 本件発明の詳細な説明及び本件公報の実施例図によると、「支持枠」は、開口12の四隅に枠材13を縦設して形成されるものであり(本件公報第二欄一六行目―一七行目)、該枠11内へ上方から海苔等のシート状物の多数枚を積層装填して積層7下面を吸引筐2の上面に支持するものである(同欄一七行目―一九行目)と認められる。
(二) 右のとおり、「支持枠」は、枠材によつて形成されるものであるが、枠材そのものではなく、積層シート状物を吸引筐の上面に支持することをもつてその機能とするものであると認められる。したがつて、仮に枠材に右の機能と無関係な部分がある場合には、たとえ、その枠材が部材としては一つの部材といえるものであつても、必ずしもその全体が「支持枠」を形成しているという必要はなく、右枠材のうち右の支持機能を果している部分が「支持枠」を形成しているといつて差し支えないものと解される。
しかるところ、本件発明において、積層シート状物は、前示のとおりその最下降位置において最下部のシート状物が取り出されるのであるから、枠材は、右の高さ位置までの部分で積層シート状物を支持しているというべきである。
(三) 以上のとおりとすると、本件発明にいう「支持枠」とは、右の高さ位置より上方にある枠材により、あるいは枠材のうち右の高さ位置より上方にある部分によつて形成されるものであると解するのが相当である。
(四) 被告らは、右のような解釈について、「そのような解釈は機能ないし作用によつて特定される構成を特許請求の範囲に取り込むことになり失当である。また、動作条件(受爪の角度、吸引筐の上昇位置、吸引筐と受爪との相互の作動のタイミング等)によつて支持機能を有する範囲が変動するから、右解釈を前提とすると、対比物件の構成の特定を困難、不明瞭ならしめ相当でない。支持枠とは、それを形成するところの枠材全体を指すものと解釈すべきである。」と主張する。
しかしながら、前示のような解釈も、本件のような場合は、構成が具体的に開示されていないいわゆる機能的なクレームを機能の面だけから解釈、特定するのとは異なり、具体的な構成が開示されているクレームについて機能面を考慮しながら解釈していくものにすぎないから、被告らがいう程不当なものとは考えられない。前示のような解釈も許されるとするのが相当である。
3 1、2の検討のまとめ
以上のようなことを総合考慮すると、本件発明にいう「取出し開口」ないし「開口」とは、枠材によつて囲まれた空間であつて、積層海苔の最下層の一枚が取り出される位置すなわち吸引筐が最下部のシート状物を一枚分離する位置であり、受爪により支持される積層シート状物が最下降する位置を意味すると解するのが相当である。
4 被告物件についての検討
(一) 以上の検討をふまえて被告物件の構成をみると、被告物件においては、イ号、ロ号図面第3図上、枠材13のうち、hで指示された高さ位置より上方の枠材上部14の部分が、本件発明の「支持枠」に相当すると認められる。したがつて、被告物件にあつて、本件発明の「取出し開口」ないし「開口」に相当する部分は、枠材上部14によつて囲まれる空間であつて右の高さ位置にある部分であると解される。
(二) 被告らは、被告物件における枠材13全体が、「支持枠」を形成している旨主張するが、イ号図面、ロ号図面及び検証の結果によると、被告物件にあつても、分離されない積層海苔は受爪により枠材上部14内に支持されているものと認められる。枠材下部15の部分が、海苔が吸引筐の上下動に伴つてはみ出し横ずれするのを阻止する機能を有するとしても、それは、本件発明を実施するにあたつて生ずる実施上の問題を解決するものであつて、本件発明にいう前示の積層海苔の支持機能とは異なるものと考えられる。したがつて、被告物件における枠材下部15は、本件発明にいう「支持枠」そのものを構成するものではなく、これに、付加された構成とみるのが相当である。
5 本件発明と被告物件の対比
(一) 以上を前提として、前記被告物件の構成と本件発明の構成要件を対比してみると、被告物件の構成(一)ないし(七)は、それぞれ対応する本件発明の構成要件(一)ないし(七)を充足するということができる。
(二) 被告らは、クレームに「吸引筐2には………積層最下部シートの両側端部を吸着させる吸気装置4を接続し………」とあること等を根拠に本件発明の構成要件(三)の「該吸引筐の上面に両側へ低く傾斜し」という構成は、「該吸引筐上面の端部を両側へ低く傾斜させること」を意味すると解したうえで、吸引筐上面の端部のみならず、ほぼ三分の二程度の大きな部分が傾斜している被告物件は右構成要件(三)を充足しない旨主張をする。しかし、仮に、前記クレームの記載からみて少なくとも吸引口は吸引筐の外側端部を含んで開設されるべきであるとしても、吸引口と傾斜面は別であり、右クレームの記載等は、必ずしも吸引筐上面の端部にのみ傾斜面を設けるべきことを意味しない。現に、本件公報の実施例の第2図に描かれた吸引筐の傾斜面は、吸引筐上面の中央から傾斜している。被告ら主張のように解しなければならないとする理由はなく、被告らの右主張は採用できない。
また、被告らは、構成要件(四)の「支持枠の下方」という記載は構成要件として不明確であるから、「取出し開口の下方」と解して対比すべきであると主張するが、前述のとおり「支持枠」も格別不明確な構成要件とはいえず、右主張も採用できない。
(三) さらに、被告らは、本件発明が出願前全部公知であるから、本件発明の構成要件を本件公報に記載された実施例の構成どおりに限定して、被告物件の構成と対比すべきである旨主張する。そして、被告宮崎本人は、昭和五〇年六月に、株式会社山本山島田工場において原告の本件発明の実施品が納入され稼働しているのを見た旨、右主張に沿つた供述をするが、右供述を裏付けるに足る証拠はない。かえつて、被告ら主張の実施品を原告が同工場に納入したのは、本件発明出願後の昭和五一年四月一日であることを窺わせる資料(甲六)もあり、被告らの右主張も採用できない。
(四) そして、被告らは、被告物件には、本件発明にはない積層下層海苔のはみだし防止という作用効果があると主張するが、これまでにみてきたところによれば、それは、本件発明の構成に付加された付加的構成すなわち枠材下部15の働きによるものであると考えられる。被告物件が本件発明と同様の作用効果を奏することは前示のとおりであり、被告物件に被告ら主張の作用効果が存することは、被告物件が本件発明の構成要件全てを充足することを左右するものではない。
6 以上によれば、被告物件は、本件発明の技術的範囲に属し、被告物件を製造、販売することは、本件特許権を侵害することになるというべきである。
二 争点(2)(損害賠償請求)についての判定
1 製造、販売の主体
被告会社が被告物件を製造、販売したことは前示のとおりである。
原告は、被告宮崎も、被告会社とは別に個人として被告物件を製造、販売したかのように主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。かえつて被告宮崎本人の供述や検甲一、二によると、被告物件の製造、販売は被告会社によりなされ、被告宮崎は被告会社の代表取締役として、右行為に関与したに過ぎないと認められる。なお、被告宮崎の被告会社の代表取締役としての責任については、後記判示参照。
2 販売先、販売時期、台数等
(一) 原告が主張する被告物件の販売先、販売時期、台数等は、左記のとおりである。
記
販売先 販売時期 イ号、ロ号の別及び台数
(1) 株式会社日達商店 昭和五六年 ロ号一台
(2) 町田産業株式会社 昭和五七年 右同
(3) 原省三商店 昭和五七年 右同
(4) 山手海苔 昭和五七年 右同
(5) 株式会社小川海苔 昭和五九年 右同
(6) ヤマニ海苔株式会社 昭和五九年 ロ号二台
(7) パレツクス有限会社 昭和六〇年六月 イ号、ロ号各一台
(当時株式会社パレツクス) 昭和六〇年九月 ロ号一台
昭和六〇年一二月 右同
昭和六一年一月 イ号一台
昭和六一年三月 ロ号一台
(二) しかしながら、右(一)(1)の株式会社日達商店、同(2)の町田産業株式会社、同(6)のヤマニ海苔株式会社に対する販売については消滅時効により、同(3)の原省三商店に対する販売については、販売事実を認定できないため、損害賠償の請求は認められない。すなわち、
(1) 原告は、平成二年七月一九日の本訴第二七回口頭弁論期日において、その平成二年七月一三日付準備書面により右事実に基づく損害賠償の請求をした(記録上明らかな事実)。
これに対し、被告らは、右同期日において、同日付準備書面により、右同(1)株式会社日達商店、(2)町田産業株式会社、(5)株式会社小川海苔、(6)ヤマニ海苔株式会社の分について消滅時効を援用した。
しかるところ、原告が被告物件の販売の事実を知つたのは、右同(1)の株式会社日達商店については、昭和五八年、同(2)の町田産業株式会社については、昭和六〇年、同(6)のヤマニ海苔株式会社については昭和六一年であると認められる(証人中村)。
そうすると、右三か所の分についての不法行為に基づく損害賠償の請求は、原告が「損害及ビ加害者ヲ知リタル時ヨリ三年」を経過した後になされたことになり、右三か所の分についての損害賠償の請求はその余を判断するまでもなく理由がないことが明らかである。
しかし、右同(5)の株式会社小川海苔に対する販売については、原告が右販売事実を知つた時期を明らかにする証拠はなく、前記請求を原告が「損害及ビ加害者ヲ知リタル時ヨリ三年」を経過した後にされたものであるとは断定できない。したがつて、この点に関する消滅時効の抗弁は理由がない。
(2) 右同(3)の原省三商店に対する販売ついては、これを認めるに足る証拠はない。証人中村は、右販売の事実を確認した旨証言をするが、同証言は株式会社日達商店からの伝聞にすぎずこれを裏づける証拠はなく、被告宮崎本人の供述を考えあわせると、右証言のみをもつて、右販売事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。
(三) 証拠(甲一二の一、二、検甲一、二、証人中村、被告宮崎本人、弁論の全趣旨)によると、被告会社による被告物件の販売時期、販売先は、前記(一)(4)、(5)、(7)の原告主張の時期に山手海苔にロ号物件を一台、株式会社小川海苔にロ号物件を一台及びパレツクス有限会社にイ号物件を二台、ロ号物件を四台販売したものであること並びに右被告物件はすべて被告会社が製造したものであることが認められる。
なお、被告宮崎本人は、昭和六〇年より前の被告会社製の海苔の取出装置は、本件で特定された被告物件と異なつている旨供述するが、右供述によつても相違点は、取り出した海苔を加工機へ供給するベルトの形状等の相違にすぎず、前記特定を左右するものではないと認められるから、仮に、右相違点が存したとしても、それは右認定の妨げになるものではない。
3 原告の損害
(一) 原告は、「被告らは、前記のようにイ号物件を二台、ロ号物件を一一台製造、販売して合計五八二万七九四〇円の純利益(イ号物件一台につき金二九万〇七〇一円、ロ号物件一台につき四七万六九五八円)を得た。原告は、被告らと競合する海苔の取出装置を製造、販売しており、被告らが得た右利益相当額が原告の損害と推定される。」旨主張する。
(二) 被告会社によるイ号物件二台、ロ号物件六台の販売を認めるべきことは前示のとおりである。
しかるところ、証拠(甲九、一〇の一、二、一一の一ないし三、証人中村、被告宮崎本人)によると、以下の事実が認められる。
(1) 原告における本件発明の実施品(海苔の取出装置)の製造は、外注することが基本であり、イ号物件に対応する海苔の取出装置が一台からなるS型の販売価格は一台当たり八〇万円、一台当たりの製造、販売の純利益は二九万〇七〇一円、ロ号物件に対応する海苔の取出装置が二台からなるW型の販売価格は一台当たり一一五万円、製造、販売の純利益は四七万六九五八円である。
(2) 他方、被告物件は、昭和五二、三年頃から販売が開始されたものであるが、値段設定は、原告の実施品より低く、ロ号物件で一〇〇万円前後であり、製造を外注せず、すべて自社製造によつていたため、荒利益は、販売価格の半分程であつた。しかし、被告会社全体としては、利益を出せず、現在、事実上の倒産状態に陥つて被告物件の製造を中止しており、被告会社の被告物件の販売価格及び販売利益を具体的に算定できる資料は現存しない。
右のような事情(原告実施品の販売価格・利益率及びロ号物件の販売価格等)を総合考慮すると、被告会社が被告物件の販売により得た利益は、少なくともイ号物件につき二〇万円、ロ号物件につき三〇万円は下らないものと推認するのが相当である。
被告らが、右純利益算定の資料として提出する業種別売上高営業利益率の平均値を示した統計資料(乙一四の一ないし四)は、全産業及び業種別に企業全体の利益率を問題にしている資料で、個々の製品における利益率を問題にしている資料ではないから、これをそのまま個々の販売利益の判断に用いることは相当でない。また、被告会社の決算が赤字であつたとしても、そのことと製品それ自体の販売利益は別の問題であるから、これも右認定を左右するものではない。
(三) 以上によると、被告会社がイ号物件を二台、ロ号物件を六台、製造、販売したことにより得た純利益は、二二〇万円となり、被告会社と競合する海苔の取出装置を、製造、販売している原告が被つた損害は、右被告会社の純利益に相当する金二二〇万円と推定される(特許法一〇二条一項)。
4 責任原因
右被告物件の製造、販売は、被告会社の営業行為として行われたものであることは、前記のとおりであり、少なくとも過失に基づくものと推定される(特許法一〇三条)。
被告宮崎は、個人として被告物件を販売したものではないが、被告会社の代表者として右行為に関与し、自らこれを遂行したものであると認められる(被告宮崎本人弁論の全趣旨)。したがつて、被告会社の不法行為が成立すると同時に、被告宮崎も右不法行為責任を負うべきものと認められる(原告の主張にはこの趣旨の主張も含まれると解するのが相当である。)。
5 被告物件の製造販売差止及び廃棄請求
被告らが、現在被告物件を製造、販売していることを示す証拠はなく、かえつて、被告宮崎本人の供述によれば、被告会社は、現在、赤字のため休業状態にあり、被告物件を製造、販売していないと認められる。
しかしながら、被告らが被告物件が本件特許権を侵害している事実を争つていること、現在、被告物件の製造、販売を止めている大きな理由が右のような事情によるものであると認められること及び弁論の全趣旨に照らすと、被告会社については、なお将来、被告物件の製造、販売をするおそれがないではなく、現時点においてもその差止の必要性はあると認めるのが相当である。ただし、被告宮崎については、被告物件の製造、販売の実績がないことは、前示のとおりであり、将来被告宮崎個人において製造、販売するおそれがあるとは認めがたい。また被告物件あるいはその半製品の現存及び被告らがこれを所持していることを認めるに十分な証拠はなく、廃棄請求はたやすく認容しがたい。
三 争点(3) (権利濫用の抗弁)についての判断
1 被告らの主張
被告らは、左記事情を主張して、原告の本訴請求を、権利の濫用ないし信義則違反であると主張をする。
記
(一) 原告と被告らの間には、原告の有する本件特許権及び被告宮崎の有する特許権(特許第一〇〇一五一四号、特許第一〇二五一三八号)を巡つて争いがあり、それぞれ仮処分申請をしたり特許無効の審判を申し立てる等して対立していた。
(二) しかし、昭和五八年一月一九日、右特許権を巡る紛争解決のため、原告と被告らの間で、次の事項すなわち(ア)原告と被告らは合弁会社を設立する(第一条)、(イ)右特許権を実施する海苔の自動供給機は合弁会社が販売する(第二条)、(ウ)(a)この契約締結までに原告及び被告らが販売した供給機については互にいかなる請求もしない、(b)この契約は原告被告ら、合弁会社のいずれかが倒産したときあるいは右特許権のうちいずれかが消滅したときには終了する、(c)この契約の終了後は互に右特許権に基づく権利行使をしない(第三条)等を骨子とする和解契約(以下、「本件和解契約」という。)を締結した。
(三) ところが、原告は、当初より本件和解契約の履行に非協力的であり、そのため合弁会社の設立は進展しなかつた。のみならず、原告は、昭和五八年五月頃には日達萬永に、同年九月頃には株式会社松本商店に、さらに協和電気株式会社に対して、合弁会社を通さず独自に海苔の自動供給機を販売し、本件和解契約の趣旨に背く行為をした。
(四) そこで、被告宮崎は、昭和五八年一一月一二日、右の販売先である日達萬永、株式会社松本商店、協和電気株式会社を被告として、特許権侵害差止請求の訴えを提起した(東京地裁昭和五八年(ワ)第一一八三〇号事件)。右訴訟には原告が右日達萬永らの補助参加人として参加したが、被告宮崎は、昭和六〇年八月二三日、右訴訟の口頭弁論期日において、原告の約旨違反を理由として本件和解契約を解除した。
(五) このように、原告は自らの不当な行為により、被告らが本件特許権の侵害を問題とせずに合弁会社を通じて海苔の自動供給機を製造、販売できるという本件和解契約に基づく利益を一方的に奪つた。
(六) のみならず、原告は、その後も原告の製品において、被告宮崎の有する前記特許権を使用し、侵害行為を続けている。
(七) 右のような事情を踏まえると、原告が、本件和解契約が終了したからといつて、被告らに被告物件の製造販売の差止を請求したり、過去に遡り損害賠償を請求することは、右和解条項三条の趣旨に反し、権利濫用ないし信義則違反として許されないというべきである。
2 検討
(一) そこで、検討するに、現時点において本件和解契約が解消され、その効力が失われていることについては当事者間に争いがない。
(二) しかるところ、本件和解契約の解消が問題になりはじめたのは、被告らが原告に債務不履行があつたとしてその遡及的解除を主張したことにある(甲一五)。なお、右解除の主張は、形式的には前記被告ら主張の訴訟手続において、被告宮崎の単名でなされているが、もともと本件和解契約では、被告会社と被告宮崎は一括して甲と表示され右契約上一体視されていわば運命共同体的立場に立つことが予定されていたものと認められる(甲一四、乙一、弁論の全趣旨)。こうした点からみると、右解除の主張も、単に被告宮崎との関係でのみ解除するというよりは、被告会社との関係も含めて解除するという趣旨でなされたものであり、被告宮崎は被告会社の代表者兼本人の立場で右解除の主張を行つたものと認めるのが相当である。
(三) そして、右解除の遡及効については、当初は、むしろ原告の方で争つていたが、その後、遅くとも本訴提起時までには、原告としても、本件和解契約の効力を契約締結時までさかのぼつて遡及的になかつたことにすることも、やむをえないとの認識になつていたものと認められる(弁論の全趣旨)。
(四) また、本件和解契約の履行については、被告ら主張のように右契約締結後の比較的に早い時期から問題になつており、かつ、右和解契約が、その「現実的執行の段階において、十分な条件整備のなされない」状態で締結されたものであり、設立される合弁会社も「会社としての独立した実体が伴わないものであつた」こと(甲一四、一五)等からすると、客観的にみても、本件和解契約の効力を遡及的に存しなかつたとすることも、格別不自然ではない状況にあると考えられる。
(五) 被告らは、原告の債務不履行ないし原告による被告宮崎の特許権の実施、侵害の継続を主張するが、そのように断定するだけの資料は存しない。
(六) 以上のような諸事情を総合考慮すると、被告ら主張の権利濫用ないし信義則違反の抗弁は、たやすく採用できないといわざるをえない。
第六 結論
以上の事実によれば、原告の被告らに対する本訴請求(差止め、廃棄請求と算定される損害金五八二万七九四〇円の内金四五〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和六一年一一月七日から支払済みまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金支払請求)のうち、被告会社については、イ号、ロ号物件の製造、販売の差止並びにイ号、ロ号物件の製造、販売をしたことに対する損害賠償として金二二〇万円及びこれに対する右同日から支払済みに至るまで右同割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、被告宮崎については、イ号、ロ号物件の製造、販売をしたことに対する損害賠償として金二二〇万円及びこれに対する右同日から支払済みに至るまで右同割合による遅延損害金の支払いを求める限度(但し、これは被告会社との不真正連帯債務である。)で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却する。
〔編注1〕本件における特許請求の範囲は左のとおりである。
海苔等のシート状物を積層する支持枠11の下端にシート状物の取出し開口12を設け、該開口12に対し中空筐状の吸引筐2を昇降可能に配備して、該吸引筐2の上面に両側へ低く傾斜し且つ傾斜面上に吸引口24を開設した吸着面23、23を形成し、支持枠11の下方には積層下面の両端部を受止め或いは開放する一対の受爪50、50を開口12下方へ出没可能に配備して、両受爪50へ吸引筐2の昇降に対応して受爪50を開閉動作させる作動機構52を連繋し、前記吸引筐2には吸着面23、23へ積層最下部シートの両側端部を吸着させる吸着装置4を接続したシート状物の取出装置
〔編注2〕本件発明の構成要件は左のとおりである。
本件公報(甲二)によれば、本件発明の構成要件は、次のとおり分説するのが相当である。
(一) 海苔等のシート状物を積層する支持枠11の下端にシート状物の取出し開口12を設け、
(二) 該開口12に対し中空筐状の吸引筐2を昇降可能に配備して、
(三) 該吸引筐2の上面に両側へ低く傾斜し且つ傾斜面上に吸引口24を開設した吸着面23、23を形成し、
(四) 支持枠11の下方には積層下面の両端部を受止め或いは開放する一対の受爪50、50を開口12下方へ出没可能に配備して、
(五) 両受爪50へ吸引筐2の昇降に対応して受爪50を開閉動作させる作動機構52を連繋し、
(六) 前記吸引筐2には吸着面23、23へ積層最下部シートの両側端部を吸着させる吸気装置4を接続した
(七) シート状物の取出装置
〔編注3〕本件における被告物件の構成は左のとおりである。
被告物件の構成は、次のとおり分説できる。
(一) 海苔を積層する支持枠11の枠材上部14の下端に海苔の取出し開口12を設け、
(二) 該開口12に対し中空筐状の吸引筐2を昇降可能に配備して、
(三) 該吸引筐2の上面に両側へ低く傾斜し且つ傾斜面上に吸引口24を開設した吸着面23、23を形成し、
(四) 支持枠11の枠材上部14の下方には積層下面の両端部を受止め或いは開放する一対の受爪50、50を開口12下方へ出没可能に配備して、
(五) 両受爪50へ吸引筐2の昇降に対応して受爪50を開閉動作させる作動機構52を連繋し、
(六) 前記吸引筐2には吸着面23、23へ積層最下部海苔の両側端部を吸着させる吸気装置4を接続した
(七) 海苔の取出装置
〔編注4〕本件におけるイ号物件目録は左のとおりである。
一 図面の説明
第1図はイ号物件の海苔取出装置部分の縦断面図
第2図はイ号物件の海苔取出装置部分を上方から見た図
第3図ないし第5図はイ号物件における海苔の取出しの動作態様を示す図
二 図面の記号の説明
1 機台
2 吸引筐 23 吸着面 24 吸引口
4 吸着装置
7 海苔束
11 支持枠(四本の枠材13によつて構成される枠体)
13 枠材
14 枠材上部(枠材13のうち後記h位置より上の部分)
15 枠材下部(枠材13のうち後記h位置のより下の部分)
12 開口 12´被告の主張する開口(後記h´の部分)
50 受爪 52 作動機構
67 ベルト(孔あきベルト) 68 ブロワー
h 吸引筐の作動状態において受爪が積層海苔を支持する積層海苔の最下端位置(原告の主張する開口の基準となる高さ位置)
h´ 支持枠11の最下端位置(被告の主張する開口の基準となる高さ位置)
三 イ号物件における構造の説明
海苔を積層する支持枠11の枠材上部14の下端に(支持枠11の下端に)海苔の取出し開口12を設け、該開口12に対し中空筐状の吸引筐2を昇降可能に配備して、該吸引筐2の上面に両側へ低く傾斜し且つ傾斜面上に吸引口24を開設した吸着面23、23を形成し、支持枠11の枠材上部14の下方には(取出し開口12´の上方には)積層下面の両端部を受止め或いは開放する一対の受爪50、50を開口12下方へ(開口12´上方へ)出没可能に配備して、両受爪50へ吸引筐2の昇降に対応して受爪50を開閉動作させる作動機構52を連繋し、前記吸引筐2には吸着面23、23へ積層最下部海苔の両側端部を吸着させる吸着装置4を接続した海苔の取出装置
四 イ号物件における海苔の取出し動作の説明
常時は第3図の如く、受爪50は開口12の下方へ(開口12´上方へ)略水平に突出して、支持枠11中の海苔束7を支持しており吸引筐2は下降位置に待機している。
受爪50の回動と吸引筐2の昇降及び吸気装置4の吸気作用はタイミングを合わせて連動し、吸引筐2の下降位置では、吸引筐2は吸気作用を止めている。
吸引筐2が第4図の如く上昇すると、海苔束7は吸引筐2の上面に支持され、持ち上げられて受爪50から浮き上がる。これと殆ど同時に受爪50は水平方向より七〇度前後下向きに回動すると共に、吸引筐2に吸引作用を生じて海苔束7の最下層の一枚が吸引筐2の吸着面23に引き寄せられ、下から二枚目の海苔との間に間隙を形成する。
次に受爪50が逆回転して、第5図の如く略水平に突出し、海苔束7の最下層と二枚目の海苔との間へ突出する。殆ど同時に吸引筐2は下降して、海苔束7の支持を受爪50に移し、海苔束7から一枚の海苔を分離して取り出す。
海苔束7から取り出された海苔は、吸引筐2の上面に乗つているが、吸引筐2は下降位置で吸引を止めるので、取り出された海苔は吸引から開放され、その前縁は吸引筐2の前辺から更に前へ突出して、吸引筐2の下降位置に対向して配置されている孔あきベルト67に掛つているため、ブロワー68の吸気作用の及んでいる孔あきベルト67の回転によつて、吸引筐2の上面から引き出され、ベルト67に乗つて外へ送り出される。
イ号図面
<省略>
<省略>